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鼠ケ関(念珠関)(山形県) [京から平泉]

2012年5月2日

1205020016.JPG1205020014.JPG義経主従が都を落ちて奥州平泉の藤原秀衡(ふじわらひでひら)の所まで、どのように行ったかは定かではない。そのような中で今に伝わる伝説が、今回ご紹介する「鼠ヶ関(ねずがせき)」(念珠関)である。当地は、日本海に面した新潟県と山形県の県境で、山形県側にある。その直ぐ傍に「弁天島」という、現在は海に突き出た岬のような所に、義経主従が船で到着し上陸したとされているようである。「鼠ヶ関」の解説版には『「義経記」の義経一行奥州下りの鼠ヶ関通過の条は、歌舞伎の「勧進帳」をおもわせるごとき劇的場面として描かれている。また、当地方には次のような物語が伝えられている。義経一行は越後の馬下(村上市)まで馬で来るが、馬下からは船で海路をたどり鼠ヶ関の浜辺に船を着け難なく関所を通過した。そして、関所の役人の世話をする五十嵐治兵衛に宿をもとめ、長旅の疲れをいやし、再び旅立って行ったという。』との記載がある。又、(現状の)関の入り口には「勧進帳の本家」と書かれている。歌舞伎「勧進帳」と言えば、その舞台は「安宅関」とされているが、実はその元となった逸話はこの「鼠ヶ関」での出来事だというのである。当地の「本家」主張の根拠は、「義経記(ぎけいき)」によるものと思われる。

1205020004.JPG1205020001.JPGさて、「鼠ヶ関」の直ぐ傍にある「弁天島」というは、漁港の端とも言うべき所に「弁天島」の石柱と共に厳島(いつくしま)神社がある。余談だが「厳島神社」(安芸の宮島)は平家一門の氏神として、平清盛が特に崇めた神社と「平家物語」に出て来ている。もう一つ余談だが、では源氏の氏神は?と言うと、京都府八幡市にある「石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)」とされている。
「弁天島」には特にこれと言った義経に係わる逸話は標記されていなかったが、2005年に放送されたNHK大河ドラマ「義経」を記念して「源義経ゆかりの地」なる碑が厳島神社境内に建てられていた。因みにこの碑は、大河ドラマ放送終了後に作られたようでまだ新しい物であった。当初この碑を見つけた時、私はこの地での撮影を記念する物かと勘違いしてしまった。


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